田原まつりについて

田原まつりの歴史

城下町文化の粋を集めた豪華なからくり山車、町をゆるがす大煙火・神輿・夜山車など様々な行事の行われる田原まつりも永い変遷を経て今日の姿となってきました。
徳川中期までは熊野神社一社の祭礼でしたが、約240年前の宝暦3年(1753年)より熊野神社、神明社、八幡社の三社祭といわれるようになり、傘鉾(かさぼこ)を仕立て、祭礼踊りを楽しんだことからまたの名を「傘鉾祭り」とも言われ明治初年まで続きました。
踊りから次第に歌舞伎芝居、神楽芝居が奉納されるようになり、名人も多く現れ、殿様も見学に来たことが記録に残されています。
明治に入り城主と共にあった祭りも一変しました。明治10年(1877年)頃、それまでの「三社祭(傘鉾祭り)」から八幡社、神明社の二社の祭礼となり、以降は「田原まつり」と呼ばれ9月15・16日に行われるようになりました。また、従来の傘鉾に替わり、祭りの主体である昼山車を、名古屋で発展したからくり人形と共に、城下町文化を表す本格的な山車に切り替えました。

新町の山車(應神天皇車)〈昭和26年〉
新町の山車(應神天皇車)〈昭和26年〉
三町の山車が揃って〈昭和30年代〉
三町の山車が揃って〈昭和30年代〉

萱町が明治13年に、本町が明治29年に新調し、新町が明治34年に購入し(後に昭和3年に再替)、ここに華麗な名古屋型からくり山車が田原の地に誕生しました。
その後、三台とも昭和の終わり、平成に修復され現在の姿になっています。
昭和63年、三台のからくり山車が田原町(現田原市)有形民俗文化財に指定され、田原まつりも城下町田原を代表する伝統文化行事として最大のイベントとして行われています。
なお、熊野神社は昭和35年に巴江神社に合祀され、八幡社・神明社の祭礼と合わせ、9月に行われるようになりました(巴江神社のそれ以前の祭礼は10月に行われていた)。現在の田原まつりは八幡社、神明社、巴江神社の祭礼として新町・本町・萱町・巴江・衣笠地区の五町で、
毎年9月敬老の日直近の土・日曜日に開催されています。

八幡社について

祭神は應神(おうじん)天皇で、5世紀前後頃の天皇です。仲哀(ちゅうあい)天皇の第四皇子で、母は神功(じんぐう)皇后です。
奈良・平安時代以来、八幡大神をもって應神天皇を崇める信仰が成立しました。そして、多くの八幡社では、これに仲哀天畠と神功皇后を配して祀るようになりました。
『ここに八幡宮が勧請(かんじょう)されたのは、戸田宗光が初代田原城主となった文明12年(1480年)頃で、戦国争乱期のことである。』(八幡社御由緒石碑より抜粋)
江戸時代初期に戸田氏は他所へ転封となりますが、その後も先祖の祭祀されていた八幡宮を篤く信奉しており格別の思いが伺われます。
城主が戸田氏から三宅氏になって後は、当初應神天皇の両脇に祀られていた今宮と片宮がいつのまにか仲哀天皇と神功皇后に変化するということはありましたが、三宅氏の歴代城主も、この八幡宮を深く信奉していました。

鎮座地:愛知県田原市田原町南番場58
鎮座地:愛知県田原市田原町南番場58

江戸の幕藩体制が崩壊し、明治時代になると、神社のあり方が大きく変貌しました。明治4年(1871年)には、郷社定則が制定され、神社の境内地外はことごとく上地となり、一郷で多く信奉されている神社を郷社とし、次が村社、村社に至らない神社は無格社となりました。新町の八幡社はこれにより、村社とされました。
また、明治40年(1907年)頃には神社の合祀が行われ、神社財産の登録に関する規定もでき、大正15年(1926年)には郡制廃止とともに神社の管轄は郡長から各町村長に移管されるなどの改革も行われ、八幡社も田原町長の管轄するところとなりました。
激動の昭和を経て、平成24年には積年の懸案事項であった新社殿造営、および社務所造営が成され、御遷宮が盛大に行われました。
他に末社として鎮西社、木俣社、納札殿、稲荷社が勧請されていて、令和の現在に至るまで、町民の心の拠り所となっています。
毎年9月の祭礼時には境内にてお囃子の奉納、厄年及び有志による手筒花火奉納、餅投げなどが行われ賑わいます。

神明社について

祭神は天照皇大神を祀り応安7年(1374年)旧田原城本丸の地に安置されていましたが、戸田弾正左衛門宗光(とだだんじょうさえもんむねみつ)公がこの地に城を築くにあたり明応4年(1495年)現在地に遷座(せんざ)しました。
田原神明社には古墳があります。古墳からは鉄の大刀や刀子((とうす)小刀)馬具が出土しています。これらのことから鉄器時代の豪族の墓と思われます。また境内には稲荷社、秋葉社、東照宮も祀られています。
田原神明社は本町(96戸)・萱町(645戸)・衣笠(403戸)の三町が氏子となっています。(戸数は令和6年度末)萱町は田原まつりの煙火場として田原神明社を使用していた時期があります。現在では各組の大筒と共に拝礼を行い本厄、前厄、後厄が境内において神前花火を奉納いたします。

鎮座地:愛知県田原市田原町北番場1
鎮座地:愛知県田原市田原町北番場1

夜になると参道には各町内が奉納した自作の俳画、有名な俳句に独自の画を描いた物等色とりどりの行灯に灯が入ります。俳画ばかりでなく川柳を読み込んだ画もありこれらを見て回るのを楽しみにしている人も多くいます。
やがて煙火場での奉納手筒花火、大筒花火がクライマックスを迎えるころ、まさしく夜のとばりが下りることとなります。これら行燈の灯も消えるころとなります。祭りのあとの寂しさです。いつもの静かな境内を迎えます。

稲荷社
秋葉社